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神戸家庭裁判所 昭和50年(家)651号 審判

申立人 村上和子

相手方 島田ヤスヨ 外二名

主文

相手方島田清、同島田信子は、申立人に対し、それぞれ金一億八八万六、〇六三円及びこれに対するこの審判確定の日の翌日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

本件手続費用中鑑定人○○○○に支給した鑑定費用金一八〇万円は、これを一〇分し、その二を申立人、その四づつをそれぞれ相手方島田清、同島田信子の負担とし、その余の費用は当事者各自の負担とする。相手方島田ヤスヨに対する申立は、これを却下する。

理由

第一当事者の主張の要旨

(申立人)

一  申立の趣旨

相手方等は、申立人に対し、被相続人亡島田正信の遺産である別紙財産目録(一)ないし(四)の分割又はその総価額に対する一五分の二の金員を支払え。

二  申立の実情

(1) 申立人の父島田正信は、昭和四七年五月一七日死亡し、相続が開始した。申立人は、被相続人に対する認知の裁判が昭和四八年八月二三日確定して認知され、相手方等と共同相続人となつた。しかるに相手方等は、申立人を無視してすでに遺産の分割協議をし、相続登記を済せているので、若し、遺産をあらためて分割することができないとすれば、申立人は、遺産に対する申立人の相続分である一五分の二に相当する価額の支払を請求する権利がある。

(2) 遺産の範囲は、別紙財産目録(一)ないし(四)の全部である。相手方等は、同目録(一)のうち鑑定符号○○区〈19〉の○○区○○町×丁目××ないし××の土地(三六四八・五三平方メートル)は、昭和二六年被相続人島田正信が財団法人○○○○○に寄附し、相続開始以前から同財団法人の所有であつたものであるから、本件の遺産には含まれない旨主張している。しかし、財団法人○○○○○なるものは、形式上のもので、実質は島田正信個人と同様であり、寄附というのも寄附申込に過ぎず、所有権移転登記もなされていないし、固定資産税も島田正信が支払つていたのであつて、これを遺産から除外すべきではない。

又、相手方等は、別紙財産目録(一)のうち鑑定符号○○区〈20〉の○○区○○町×丁目××-×の土地(一〇七〇・〇一平方メートル)は、相続開始以前にすでに兵庫県に所有権の移転がなされていたものであるから、本件の遺産には含まれない旨主張している。しかし、この土地は、登記簿上では明治二五年四月五日道路漬地として兵庫県に譲渡されたように記載されているが、現実には古くからこの地上に被相続人の本宅である建物があり、その敷地として既に九〇数年を経ており、自他共に自己所有地として、固定資産税、都市計画税等を支払つてきているのであつて、これが遺産に含まれることは明白である。

(3) 遺産の価格の算定は、信義と公平の原則により、金員支払時又はそれに適当に接着した時点における時価によるべきである。

(相手方等)

一  申立人が被相続人亡島田正信の相続人として、その遺産に対する一五分の二に相当する価額の支払請求権があることは争わない。

二  遺産の範囲は、別紙財産目録(一)ないし(四)のうちから下記(1)及び(2)の物件を除外したものである。

(1) 別紙財産目録(一)鑑定符号○○区〈19〉の○○区○○町×丁目××ないし××の土地(三六四八・五三平方メートル)

この土地は、被相続人島田正信が登記簿上の所有者島田信次郎から家督相続により取得した後、昭和二六年三月二三日財団法人○○○○○に寄附し、同財団法人の所有となつたものである。従つて、所轄税務署においても、これを遺産として取扱つてはいないのであつて、本件における遺産には含まれない。

(2) 別紙財産目録(一)鑑定符号○○区〈20〉の○○区○○町×丁目××-×の土地(一〇七〇・〇一平方メートル)

この土地は、明治二五年(相手方等代理人の陳述書に昭和二五年とあるのは誤記と認める。)に兵庫県に道路敷地として譲渡したものであるから、本件における遺産には含まれない。

三  遺産の価格の算定は、相続開始時における時価によるべきである。

第二当裁判所の判断

当裁判所は、本件記録及び当庁昭和四八年(家イ)第一一三七号遺産分割調停事件記録にあらわれている各資料(当裁判所の鑑定結果並びに申立人提出の不動産鑑定士○○○○○作成の鑑定評価書及び添付資料を含む。)によつて、以下摘示の各事実を認定したうえ、下記のとおり判断する。

一  申立人の遺産分割請求について

被相続人島田正信は、昭和四七年五月一七日神戸市○○区で死亡し、相続が開始したが、被相続人の相続人は、妻相手方島田ヤスヨ、長男相手方島田清、長女相手方島田信子及び昭和四八年八月二三日認知の裁判確定により認知された申立人村上和子の四名であることが認められる。被相続人は、法律の定める遺言をしていないので、上記相続人の相続分は、相手方島田ヤスヨが一五分の五、相手方島田清及び相手方島田信子がそれぞれ一五分の四、申立人村上和子が一五分の二である。しかるに、相手方等の陳述の全趣旨及び各土地登記簿謄本によれば、相手方等は、上記申立人の認知裁判が確定する前にすでに被相続人の遺産を三等分する分割協議をし、それぞれ遺産の一五分の五に相当する財産を取得したことが認められる。従つて、本件相続の開始後認知によつて相続人となつた申立人は、相手方島田清及び相手方島田信子に対し、それぞれ遺産の一五分の一に相当する価額の支払を請求する権利がある。そして、この請求は、遺産分割に準じて家庭裁判所の審判事項とみるのが相当である。なお、相手方島田ヤスヨの相続分は、申立人が相続人となることによつて影響を受けないから、申立人は、相手方島田ヤスヨに対しては価額の支払を請求することができないといわなければならない。

二  遺産の範囲について

先ず、当事者間に争いのある点については次のとおり判断する。

(1)  別紙財産目録(一)のうち鑑定符号○○区〈19〉の○○区○○町×丁目××ないし××の土地(三六四八・五三平方メートル)は、登記簿上は島田信次郎の所有名義になつているが、被相続人島田正信が家督相続によつてその所有権を取得した後、昭和二六年五月二二日財団法人○○○○○を設立した際同法人に寄附し、その地上には同法人が事業目的として経営する○○幼稚園、○○○○学院、○○○○学院等の建物が建てられて現在に至つていることが明かである。従つて、この土地は、被相続人島田正信の個人の財産とは区別すべきであり、本件の遺産に含めるのは相当でない。

(2)  別紙財産目録(一)のうち鑑定符号○○区〈20〉の○○区○○町×丁目××-×の土地(一〇七〇・〇一平方メートル)は、登記簿上では明治二五年四月五日道路漬地として兵庫県に譲渡されたものとなつているが、固定資産台帳の所有者は島田信次郎となつており、現に被相続人島田正信所有名義の別紙財産目録(三)の建物の敷地として使用されていることが認められるので、この土地は、本件の遺産に含めるのが相当である。

以上のとおり、本件の遺産の範囲は、別紙財産目録(一)のうち上記鑑定符号○○区〈19〉の○○区○○町×丁目××ないし××の土地(三六四八・五三平方メートル)を除いたその余の全部及び同財産目録(二)ないし(四)の全部であると認定する。

三  遺産の価格の算定について

本件のように、相続開始後認知によつて相続人となつた者が、すでに共同相続人が遺産の分割をした後、相続分に相当する価額の支払を請求する場合の遺産の価格の算定は、遺産分割の場合に分割時を基準とするのが衡平であることに鑑みれば、価額支払時を基準とするのが相当であるから、現実には、この時点に最も接着した時点としての審判時と解するのが相当である。そして、その価格は、その時点における物件の取引価格即ち時価によるべきであると考える。

以上の基準に従つて、本件の遺産の価格を算定すると、別紙財産目録(一)の土地(但し、上記のように○○区○○町×丁目××ないし××の土地三六四八・五三平方メートルを除く。)の総評価額は、当裁判所の鑑定の結果により一五億四、三九七万円と認定する。なお、申立人代理人は、鑑定人○○○○の鑑定書中○○区〈20〉の宅地(地積合計二三三七・三三平方メートル)は、自用建物の敷地であるから、更地としての評価額によるべきである旨主張しているが、同鑑定書によれば、鑑定人は、上記の土地が現に自用建物の敷地として利用されていることを認定したうえで、建付地価格を査定していることが認められるから、同鑑定評価額によるのが相当である。別紙財産目録(二)の山林(総地積六一・三二八平方メートル)の評価額は、鑑定による価格が得られないので、申立人提出の不動産鑑定士○○○○○作成の鑑定評価書中その参考価格に照らし、一平方メートル当り金五、〇〇〇円として、総額三億六六四万円と推定する。別紙財産目録(三)の居宅、附属建物及び庭園の評価額は、審判時の時価を判定する資料がないので、相手方等提出の相続税申告関係資料に基づき、総額八三九万四、一〇〇円と認定する。別紙財産目録(四)の動産中相続開始当時の被相続人の預金については、当庁家庭裁判所調査官○○○○の○○○○銀行○○支店及び○○銀行○○支店に対する各照会についての回答により合計金七八四万三、八八一円と認定し、その余の動産については、相手方等提出の相続税申告関係資料に基づき現金一五万円、家財四五三万八、〇〇〇円、退職金四〇六万二、四七二円、その他一六三万八、六五一円と認定する。以上の総合計一八億七、七二三万七、一〇四円が本件遺産の総評価額である。

四  支払請求額の算定について

相続開始後認知によつて相続人となつた者が請求し得る価額は、遺産の総価額から相続債務を清算した純積極財産価額に対する相続分の割合額と解するのが相当であるから、本件において申立人が支払を請求できる価額は、上記の遺産の総価額一八億七、七二三万七、一〇四円から相続債務を差引いた金額の一五分の二である。ところで、本件において相続債務と認められるものは、次のとおりである。

(1)  相続税、○○区税務署長による納税証明書三通によれば、納税総額は三億五、七〇九万九、五〇〇円であることが明らかである。このうちには利子税、延滞税も含まれているが、相手方等が現実に納付した金額を控除するのが相当であると考える。

(2)  未払公租、公課、相続税申告関係資料によれば、固定資産税、県市民税の未払分合計三八〇万一、一五〇円があつたことが認められる。

(3)  未払金、相続税申告関係資料によれば、未払債務金として、合計六二万三、四四三円があつたことが認められる。

(4)  葬儀費用、相手方等提出の葬儀費用明細表によれば、総額二四二万二、〇六五円を要したことが認められる。

以上の総計額三億六、三九四万六、一五八円が本件の相続債務額である。従つて、上記の遺産総額一八億七、七二三万七、一〇四円から上記相続債務額三億六、三九四万六、一五八円を差引いた純積極財産額一五億一、三二九万九四六円の一五分の二に当る二億一七七万二、一二六円が本件において、申立人が支払を請求できる価額である。

五  結論

上記第二の1において説明したように、相手方島田清及び同島田信子は、それぞれ申立人に対し遺産の一五分の一に相当する価額を支払う義務があるから、申立人に対する上記二億一七七万二、一二六円の支払は、上記相手方両名がそれぞれ一億八八万六、〇六三円宛を分担すべきである。従つて、同相手方両名は、申立人に対し、それぞれ同金額及びこれに対するこの審判確定の日の翌日から支払ずみに至るまで、民事法定利率年五分の割合による損害金を支払わなければならない。本件手続費用は、家事審判法七条、非訟事件手続法二六条、二七条を適用して、そのうち鑑定人○○○○に支給した鑑定費用一八〇万円はこれを一〇分し、その二を申立人、その四づつをそれぞれ相手方島田清、同島田信子の負担とし、その余の費用は、当事者各自の負担とする。なお、上記第二の1において説明したとおり、申立人は相手方島田ヤスヨに対しては価額の請求をすることができないから、同相手方に対する本件申立は、これを却下する

こととする。

よつて、主文のとおり審判する。

(家事審判官 堀江一夫)

抗告理由書〈省略〉

財産目録(一)ないし(四)〈省略〉

〔参考〕 抗告審(大阪高昭五三(ラ)二七二号昭五四・三・二九決定)

主文

1 本件抗告を棄却する。

2 抗告費用は抗告人らの負担とする。

理由

一 本件抗告の趣旨及び理由は別紙記載のとおりである。

二 当裁判所の判断は以下のとおりである。

1 認知は出生の時にさかのぼつてその効力を生ずるものであるから(民法七八四条本文)、相続の開始後認知によつて相続人となつた者も、法律上、相続開始の時点においてすでに相続人であつたものとして取扱われ、相続財産につき分割の請求をなしうるものであつて、他の共同相続人が既に分割その他の処分をしてしまつていた場合においても、その分割をやり直し、あらためて相続財産を現物分割するよう請求することができるのが本来であるはずである。しかし、分割その他の処分によつて一旦新たな法律関係が形成されたのちに、その法律関係を全部覆滅していま一度あらためて現物分割を行うことは実際上きわめて困難であるばかりでなく、関係人の法律関係を複雑にし、ひいては取引の安全が害されることにもなるところから、他の共同相続人が既に分割その他の処分をしてしまつていた場合には、認知によつて相続人となつた者は、価額のみによる支払を請求することができるだけで、相続財産の現物分割を請求することはできないものとし、そうすることによつて、一方相続の開始後認知によつて相続人となつた者の相続権を実質的に保障するとともに、他方すでに目的物の上に利害関係を生じた他の共同相続人等と右相続人との利害の調整をはかることとしたのが民法九一〇条の規定の趣旨であると解することができる。そうだとすると、同条の価額の支払請求は、新たな現物分割に代わるものとしてこれと等価であることが当然に前提とされているものと解されるのであつて、その点からすれば、価額の支払請求の場合における価額算定の基準時は、現実に支払がなされる時であり、価額の支払を求める分割審判にあつては現実に支払がなされる時に最も接着した時点としての審判の時であると解するのが相当であるから、これと同趣旨に出た原審判は正当というべきであり、これに反する抗告人らの主張は独自の見解であつて採用することができない。

2 本件記録によれば、原審判が同審判末尾添付の財産目録(二)記載の山林の評価額を一平方メートル当り金五〇〇〇円(総額三億〇六六四万円)としたのは、相手方(原審申立人)提出の不動産鑑定士○○○○○作成の鑑定評価書中に右山林の評価額として付記された参考意見に基づくものであり、かつ、その参考意見は、周辺地域における山林の取引事例四例及び周辺地域における造成地の公的機関による買収価格を参考に、昭和四五年一二月二八日以降右山林を含む区域の開発行為が許可制となり、宅地開発が相当に制約を受けることとなつたため、価格もかなり低額となつたことを考慮して妥当と認められる評価額を算出して付記されたものであるから、これをもつてなんら根拠のない評価とするのはあたらない。抗告人らは、相続税申告価格によるのが正当であるというけれども、遺産分割の対象となる相続財産の評価は本来時価によるべきものであつて、相続税の課税価格計算の基礎となる不動産の価額の評価方法である路線価方式、倍率方式等によるのが正当とすべき合理的理由はなんら存在しない。

3 その他、記録を仔細に検討してみても、原審判を違法とすべき点は見当らない。

三 そうすると、原審判は相当であつて本件抗告は理由がないからこれを棄却し、抗告費用は抗告人らに負担させることとして主文のとおり決定する。

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